(映画)父親たちの星条旗 ― 2006/12/03 20:59:28
太平洋戦争最大の激戦地、硫黄島の戦いを
米日双方から描くプロジェクトの米国サイドバージョン。
戦争批判、平和主義の映画として喧伝されている作品。
確かに、戦場でのあっけない死や、悲惨な死体を見せることで
戦争の悲しさ、愚かさ、戦争という状況での
国家という暴力装置の恐ろしさを感じさせわするが
結局の所、一人ひとりの(個人の)アメリカ人はナイスガイ!
というラストの描き方。
日本サイドから描いた『硫黄島からの手紙』を見ないと
最終的な判断はできないが
戦争反対的な映画ではなく、極めて愛国的(米国的)な映画だと思う。
これを見て戦争は悲惨だ、絶対にやめるべきだとは思えないよなあ。
米日双方から描くプロジェクトの米国サイドバージョン。
戦争批判、平和主義の映画として喧伝されている作品。
確かに、戦場でのあっけない死や、悲惨な死体を見せることで
戦争の悲しさ、愚かさ、戦争という状況での
国家という暴力装置の恐ろしさを感じさせわするが
結局の所、一人ひとりの(個人の)アメリカ人はナイスガイ!
というラストの描き方。
日本サイドから描いた『硫黄島からの手紙』を見ないと
最終的な判断はできないが
戦争反対的な映画ではなく、極めて愛国的(米国的)な映画だと思う。
これを見て戦争は悲惨だ、絶対にやめるべきだとは思えないよなあ。
(本)大山倍達正伝/小島一志、塚本佳子 ― 2006/12/12 15:00:08
いやー、オイラの格闘技バイブル『空手バカ一代』が
ほとんど大山自身の誇大宣伝と梶原一騎の創作だったとは…
特攻隊士くずれも、不良アメリカ兵との喧嘩も
眉毛を剃った1年半の山ごもりも、アメリカケンカ修行も
ほとんどがアレンジされた話だったとは…
わが家の子どもたちが空手を習いに行くようになり
家で「空手とはな、故大山先生によればだな…」
と偉そうに教えていたのに…
何よりもまず、大山先生は日本人じゃなかったのね。
だが、この本は今話題の暴露本の域に留まることなく
真実の人間 大山倍達を描いている好著。
それにしても、この本は図書館で借りたのだが
図書館司書の方はタイトルを「おおやま“ばいたつ”ですね」と言っていた。
それもお二人も。“ますたつ”だよ、“ますたつ”。
嗚呼、『空手バカ一代』は遠くなりにけり。
ほとんど大山自身の誇大宣伝と梶原一騎の創作だったとは…
特攻隊士くずれも、不良アメリカ兵との喧嘩も
眉毛を剃った1年半の山ごもりも、アメリカケンカ修行も
ほとんどがアレンジされた話だったとは…
わが家の子どもたちが空手を習いに行くようになり
家で「空手とはな、故大山先生によればだな…」
と偉そうに教えていたのに…
何よりもまず、大山先生は日本人じゃなかったのね。
だが、この本は今話題の暴露本の域に留まることなく
真実の人間 大山倍達を描いている好著。
それにしても、この本は図書館で借りたのだが
図書館司書の方はタイトルを「おおやま“ばいたつ”ですね」と言っていた。
それもお二人も。“ますたつ”だよ、“ますたつ”。
嗚呼、『空手バカ一代』は遠くなりにけり。
(映画)硫黄島からの手紙 ― 2006/12/18 10:52:49
基本的には良い映画であるが、若干違和感がある。
1.栗林中将(渡辺謙)とバロン西中佐(伊原剛志)を英雄的に書きすぎている。
2.西郷二等兵(二宮和也)が少年兵に見えてしまう。しかも現代的な少年に。
二宮くんは好きな俳優だが、妊娠中の奥さんがいるパン屋さんに見えない。
3.栗林中将の若い頃の回想シーンで
渡辺謙さんの髪の毛がカツラまるわかりでなじんでいない。
これを日本映画界が撮れなかったことが悔しいと
渡辺謙さんが言っていたが、その通りだろうな。
(カツラの問題か?ハリウッドには結髪さんがいない?)
日本の戦争映画は、どうしても涙、唾、汗が多く水分過多であるが
この作品は最後に一筋の涙だけで、思いを描いている。
前作がアメリカ人一人ひとりがヒーローだったという主張に対し
今作は日本人の一部がヒーローだったという風に見える点は
負けた国だからだろうか。それとも手抜きか、クリント。
前作と比べると、少し散漫な印象(描き込み、掘り下げの少なさ)が残るのが残念。
1.栗林中将(渡辺謙)とバロン西中佐(伊原剛志)を英雄的に書きすぎている。
2.西郷二等兵(二宮和也)が少年兵に見えてしまう。しかも現代的な少年に。
二宮くんは好きな俳優だが、妊娠中の奥さんがいるパン屋さんに見えない。
3.栗林中将の若い頃の回想シーンで
渡辺謙さんの髪の毛がカツラまるわかりでなじんでいない。
これを日本映画界が撮れなかったことが悔しいと
渡辺謙さんが言っていたが、その通りだろうな。
(カツラの問題か?ハリウッドには結髪さんがいない?)
日本の戦争映画は、どうしても涙、唾、汗が多く水分過多であるが
この作品は最後に一筋の涙だけで、思いを描いている。
前作がアメリカ人一人ひとりがヒーローだったという主張に対し
今作は日本人の一部がヒーローだったという風に見える点は
負けた国だからだろうか。それとも手抜きか、クリント。
前作と比べると、少し散漫な印象(描き込み、掘り下げの少なさ)が残るのが残念。
七三分け ― 2006/12/20 15:33:19
朝、登校前に妻が娘の髪の毛を結んでやっている。
妻「前髪どうするピンで留める?」
娘「うん」
妻「どのへんで止める?七三分け?」
娘「七三分け以外なら、何三分けがあるの?」
三で分けるなら、残りは七だわさ。
妻「前髪どうするピンで留める?」
娘「うん」
妻「どのへんで止める?七三分け?」
娘「七三分け以外なら、何三分けがあるの?」
三で分けるなら、残りは七だわさ。
(本)グレート・ギャツビー/フィッツジェラルド/村上春樹訳 ― 2006/12/25 16:29:51
基本的に翻訳物って苦手。登場人物の名前が覚えられないし
外国の街や家などの情景が思い浮かばない。
文体もなんだかスムーズな日本語ではなくて、敬遠しがちだ。
この作品はアメリカ文学の最高峰などと言われているが
以前に別の訳者バージョンを読んだ時は
遠い異国で書かれた小説で、とてもつまらなかった記憶がある。
『華麗なるギャツビー』ってタイトルは、
沢田研二みたいと思った覚えもある。
しかし今回の村上春樹翻訳バージョンでは
文体が村上春樹っぽくてすんなりと読むことができる。
作品的には“アメリカ文学の最高峰”などと言うほど面白くはないが
「『グレート・ギャツビー』って、こういう話なんだ」
とストーリーとテーマがわかったことが大収穫。
要するに昼ドラだな。
それにしても、“フィッツジェラルド”とか“ギャツビー”とか
“ツ”の大小や数がややこしい。
“フ”とか“ィ”とか“シ”とか、まぎらわしいカタカナもあるし。
追伸 メリー・クリスマス!
外国の街や家などの情景が思い浮かばない。
文体もなんだかスムーズな日本語ではなくて、敬遠しがちだ。
この作品はアメリカ文学の最高峰などと言われているが
以前に別の訳者バージョンを読んだ時は
遠い異国で書かれた小説で、とてもつまらなかった記憶がある。
『華麗なるギャツビー』ってタイトルは、
沢田研二みたいと思った覚えもある。
しかし今回の村上春樹翻訳バージョンでは
文体が村上春樹っぽくてすんなりと読むことができる。
作品的には“アメリカ文学の最高峰”などと言うほど面白くはないが
「『グレート・ギャツビー』って、こういう話なんだ」
とストーリーとテーマがわかったことが大収穫。
要するに昼ドラだな。
それにしても、“フィッツジェラルド”とか“ギャツビー”とか
“ツ”の大小や数がややこしい。
“フ”とか“ィ”とか“シ”とか、まぎらわしいカタカナもあるし。
追伸 メリー・クリスマス!
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