第三舞台2026『パレイドリア』 ― 2026/09/06 10:53:09
彼への手紙
第三舞台2026『パレイドリア』大阪公演を観てきたよ。
僕らが第三舞台をよく観に行ってたのは、現実には社会がドン詰まりに近づいていたのに、まだまだ上り調子だと思い込んでいた頃だったね。ものすごく単純化して言うけど、第三舞台の作品は、それが社会なのか世界なのか世代なのかシステムなのか、単に若さや未熟さなのかわからないけど、僕らの周囲には得体の知れない壁や姿を表さない絶望が迫っていて、そこから逃れるために希望へと脱出する意思を示す物語だったと思うんだ。
だけど、そんな第三舞台も封印公園から二十五年。大学生だった僕らも卒業して社会に出て還暦を超えた今、得体の知れない壁や姿を現さない絶望が、現実の目にも見えるようになってきた。老いや病や介護や何歳になっても子どもへの心配やローンや生涯年収や不況や円安や株価の乱高下や戦争や紛争や世界を危うくする指導者や夢はもう叶えられそうにない残り時間など、たくさんの諦めが見えてきた。それに対して、いいんだよ、今までやってきたことは決して間違ってなかったんだよという許し、それこそが希望なんだと言ってくれている作品が「パレイドリア」だと僕は解釈した。
僕らが第三舞台をよく観に行ってたのは、現実には社会がドン詰まりに近づいていたのに、まだまだ上り調子だと思い込んでいた頃だったね。ものすごく単純化して言うけど、第三舞台の作品は、それが社会なのか世界なのか世代なのかシステムなのか、単に若さや未熟さなのかわからないけど、僕らの周囲には得体の知れない壁や姿を表さない絶望が迫っていて、そこから逃れるために希望へと脱出する意思を示す物語だったと思うんだ。
だけど、そんな第三舞台も封印公園から二十五年。大学生だった僕らも卒業して社会に出て還暦を超えた今、得体の知れない壁や姿を現さない絶望が、現実の目にも見えるようになってきた。老いや病や介護や何歳になっても子どもへの心配やローンや生涯年収や不況や円安や株価の乱高下や戦争や紛争や世界を危うくする指導者や夢はもう叶えられそうにない残り時間など、たくさんの諦めが見えてきた。それに対して、いいんだよ、今までやってきたことは決して間違ってなかったんだよという許し、それこそが希望なんだと言ってくれている作品が「パレイドリア」だと僕は解釈した。
パレイドリアとは、視覚刺激や聴覚刺激を受けとり、普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず心に思い浮かべる心理現象のことで、雲の形から動物や顔など何らかの物体を思い浮かべたり、月の模様から兎の姿が見えてきたりすることらしいんだけど、何が、どのように見えるかは人それぞれだね。
東京に住む27歳の娘が、今回の公演が始まる前に、紀伊國屋ホールで観ようと思うんだけど面白いかなと聞いてきた。多分、僕らにとっては興味深い作品になると思うが、娘の世代にとってはどうだろう? お金と時間に余裕があり(昨今の1万円を超える演劇チケット!)、他に観たい舞台が同時期になければオススメするが、他に気になる作品があれば、そちらを優先した方が良いと返した。彼女は、「わかった。じゃあ友達に誘われてる『ペコポン侵略ミュージカル“ケロロ軍曹”』を優先するわ」と言ってきた。そのアドバイスは、あながち間違ってなかったと思うよ。
『パレイドリア』、君が観たらどう思っただろう。感想を言いあえると、いいんだけれど。作品の中では、今の僕たちにとっても、過去を顧みて、恥ずかしいことや後ろめたいことや後悔や反省や触れて欲しくない事実も描かれていて、やっぱり面と向かっては話しにくかったかもしれない。例えば、一晩中飲んでバカ話をして、明け方にふと話すことがなくなった瞬間なら、ひょっとしたら話せたかもしれない。でも、現実には、それはもう無理なことなんだ。まさに、More than this だ。
東京に住む27歳の娘が、今回の公演が始まる前に、紀伊國屋ホールで観ようと思うんだけど面白いかなと聞いてきた。多分、僕らにとっては興味深い作品になると思うが、娘の世代にとってはどうだろう? お金と時間に余裕があり(昨今の1万円を超える演劇チケット!)、他に観たい舞台が同時期になければオススメするが、他に気になる作品があれば、そちらを優先した方が良いと返した。彼女は、「わかった。じゃあ友達に誘われてる『ペコポン侵略ミュージカル“ケロロ軍曹”』を優先するわ」と言ってきた。そのアドバイスは、あながち間違ってなかったと思うよ。
『パレイドリア』、君が観たらどう思っただろう。感想を言いあえると、いいんだけれど。作品の中では、今の僕たちにとっても、過去を顧みて、恥ずかしいことや後ろめたいことや後悔や反省や触れて欲しくない事実も描かれていて、やっぱり面と向かっては話しにくかったかもしれない。例えば、一晩中飲んでバカ話をして、明け方にふと話すことがなくなった瞬間なら、ひょっとしたら話せたかもしれない。でも、現実には、それはもう無理なことなんだ。まさに、More than this だ。
「また今度」。飲み会の後はそう言って、それぞれの駅へと別れたけど、それも、もう難しいことになってしまった。でも、「またいつか」は、あるかもしれないという希望は残っていると信じて生きていくよ。

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