欲望という名の電車 ― 2020/01/17 22:11:24
通勤時間も過ぎ、混み合っていない電車の座席。にこやかに、しかし大声で話をしている老女が座っている。薄く化粧をし、身なりもきちんとしている。話し相手は知人ではなく、向かいの座席の乗客。この先の電車の乗り換えについて聞き始め、そこから関係のない話題へと進んでいる。うるさいと思ったが、心を無にして俺は電車に揺られていく。
話し相手はその後、別の人に変わり、さらに移動のために乗り込んできた鉄道会社の職員へ。電車の乗り換えについて再度確認し、またしても関係のない話題へと進んでいく。曰く、「フランスと日本では法律が違うので離婚が難しい」だの、「健康で長生きのために自然食を心掛けている」だの。初夏の公園のベンチでなら微笑ましい光景かもしれないが、ここは公共交通機関の車内だ。鉄道会社の職員も困り顔だが、乗客なので無碍にもできず大変そうに見える。
都心のターミナル駅に近づき、扉が開くと鉄道会社の職員が開放されるように降りた。その老女の座席の近くには、誰もいなくなった。陽ざしの差し込む車内は眩しいくらいだ。扉が閉まり電車が発車した。ようやく静かになるかと思ったが、まだ老女の大きな声が聞こえる。周りには誰もいない。独り言だ。
話し相手はその後、別の人に変わり、さらに移動のために乗り込んできた鉄道会社の職員へ。電車の乗り換えについて再度確認し、またしても関係のない話題へと進んでいく。曰く、「フランスと日本では法律が違うので離婚が難しい」だの、「健康で長生きのために自然食を心掛けている」だの。初夏の公園のベンチでなら微笑ましい光景かもしれないが、ここは公共交通機関の車内だ。鉄道会社の職員も困り顔だが、乗客なので無碍にもできず大変そうに見える。
都心のターミナル駅に近づき、扉が開くと鉄道会社の職員が開放されるように降りた。その老女の座席の近くには、誰もいなくなった。陽ざしの差し込む車内は眩しいくらいだ。扉が閉まり電車が発車した。ようやく静かになるかと思ったが、まだ老女の大きな声が聞こえる。周りには誰もいない。独り言だ。
曰く、「あの土地は私が生きているうちに解体して更地にしないといけない。でないと死んでも死にきれない」云々。目を閉じているが、相手がいるように一人で話し続けている。まるでロシアの文豪が描く没落貴族の老女のように。それまでは、ただのおしゃべり好きのうるさい婆さんかと思っていたが、彼女が抱えている何か大きな闇があたりを包み始めたように思えた。明るかった車内の陽ざしが薄れてきた。俺はイヤホンを耳に差し込んで、次の駅で降りた。
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